富山の農園を継いだネパール人仏画師が、
えごまの原産国・ネパールと富山をつなぐ。
富山と故郷ネパールの農業発展に力を注ぐ
ネパールで仏画師をしていたダルマ・ラマさんは、富山県出身の日本人女性と結婚し、奥様の出産を機に来日。今は、射水市の農園「葉っぴーFarm」で小松菜栽培に携わるだけでなく、故郷ネパールでの高品質な無農薬えごまの栽培、それに伴う技術支援などにも力を注いでいます。
「えごまは地面に落ちた種から草のように勢いよく生える生命力の強い食べ物。だから、それを食べる人もおのずと身体が強くなります」と笑顔で話すダルマさんに、「葉っぴーFarm」の後継者になった経緯、ネパールでのえごま栽培にまつわる苦労、富山とネパールとの交流などについてお聞きしました。
ネパールの仏画師から、
富山の小松菜農園の後継者へ
首都カトマンズの北東に位置するシンドゥパルチョーク郡。ダルマさんは、その地域にある有名な仏教寺院で生まれました。小さい頃から、僧侶で仏画師であるお父様が描いた仏教絵画を見るのが好きだったこともあって、国立トリブバン大学卒業(IA取得)後、仏画師として独立。そんなダルマさんが2004年頃に来日したのは、自身の作品を展示・販売していたギャラリーでの出会いがきっかけでした。
「ギャラリーには世界中の人々が訪れていましたが、その中の一人に日本人の女性がいました。その方が、今の私の奥さん。当時のネパールは、結婚前の男女同士がまちを歩くことを良しとしない慣習があったので、彼女を観光地に案内していたのを家族に知られた時にはみんなに問い詰められましたね。その時に「彼女と結婚するつもりだから」と言って、家族を説得しました。それから結婚をして妊娠がわかった時に、日本の質の高い医療を受けて出産してほしいと思い、奥さんの故郷である富山で暮らすことに決めたんです」
来日後、会社に就職しましたが、入社4年目にリーマンショックで倒産。富山で仏画師の仕事を再開し、曼荼羅教室を主宰します。仏画を飾れるアトリエを求めて、知人とともに場所を探すことに。そこで知人から紹介されたのが、「葉っぴーFarm」の代表であり、「小松菜の第一人者」と言われる荒木龍憲さんでした。
「荒木さんのもとを訪ねると、そこにはアトリエにぴったりな場所がありました」と、一角を借りてアトリエを開設。時を同じくして、自身のお子さんに友達がたくさん増えるような環境を整えるために一軒家を建築しました。その住まいに家庭菜園を作ったことが、ダルマさんの農業の始まりです。
「農業の知識を身につけたかったので、荒木さんに農業体験を申し出たら気づけばアルバイトになっていました(笑)。繊細なタッチで描く仏画の技術を活かせたのか、作業が早くて丁寧と評価され、ある時、後継者になってほしいと言われて。最初は自信がありませんでしたが、小松菜は種まきから出荷までの周期が1ヶ月と短く、チャレンジしやすい作物です。栽培し始めて3ヶ月で種まきから収穫まで自分で全部できるようになったので、跡を継ぐことを決意しました。新規就農者の研修を2年間受け、この農園で3年間経験を積んだらバトンタッチするという約束を交わし、一生懸命取り組みました」
2017年、ダルマさんは、「葉っぴーFarm」を承継しました。富山県では、親族以外の第三者への事業継承先が外国人になるのは初めてのことでした。
ネパールに法人を立ち上げ、
高品質な無農薬えごまを栽培。
「葉っぴーFarm」では小松菜だけでなく、えごまも栽培しています。ダルマさんがえごまを初めて栽培したのは故郷ネパールでした。
「ネパールは、えごまの原産地のひとつで生活に深く根付いています。子どもの頃には学校から帰ってきたら畑に行ってえごまの実をパクッと食べていました。多くの人が自宅で作っているえごま料理が、ふりかけです。えごまの実を焙煎して7種のスパイスと一緒にミキサーにかければ完成。ちょっとピリ辛ですごくおいしいですよ。これならスプーン1〜2杯で十分なα-リノレン酸を摂取できます。みんながえごまの力で楽しく美味しく元気になればいいですね」
ある日、ダルマさんは、富山市や事業関係者がえごま油の原材料を安定的に調達するため、ネパールでえごまの試験栽培を行っていることをニュースで知ります。自身も力になりたいと思い、関係者にコンタクトを取り、現地の農家の人たちに作ってもらったえごまをサンプル提供したところ、採用されることとなりました。その後、ネパールに法人を立ち上げ、本格的にえごまの栽培をスタートさせました。
「今は200人以上の方々が栽培に取り組んでいます。えごま油の需要の増加に伴い、栽培面積の拡大などの要望に応えてきましたが、オーガニック製品としてEU加盟国へ輸出するために必要なEU有機(オーガニック)認証を取得するのが大変でしたね。認証機関を探して探して、ようやくインドで見つけて検査を開始できたと思ったら、今度はコロナの感染拡大によって検査がストップしてしまって。その間に日本での販売に向けて有機JAS認証を取得し、その後EU有機認証に再トライ。ヨーロッパの認証機関にコンタクトを取って何百種類の検査すべてに通って、ようやく取得できました」
2つの厳しい品質基準を満たした、品質の高い無農薬えごま。その理由のひとつは、循環型農業にあります。
「無農薬えごまは、空気がすごくおいしくて遠くにヒマラヤ山脈が見える標高1,800mの段々畑で栽培しています。標高が高くて虫がいないので、農薬は要りませんし、もともと化学肥料を使う文化もありません。生ごみと牛糞、枯草から有機たい肥を作り、水は雨のみ。自然界の力を利用した、昔ながらの循環型農業で作っています」
ダルマさん自身が栽培技術の支援に取り組んでいることも、高品質の実現につながっています。
「ネパールでは通常、直接畑に種を蒔く直播栽培をしていますが、それだと失敗する可能性が高いんです。でも、苗を植え付ける定植なら失敗しません。富山で学んだその方法を私がネパールの技術者に教え、その方から現地の農家の人たちに伝えてもらっています。技術支援などを目的に、年に5〜6回ぐらいネパールに行っていますね」
現地の農家に対する技術支援などを行い、循環型農業で無農薬えごまを作っているダルマさん。その活動はSDGsのゴールである貧困や飢餓、経済成長などの達成にも寄与しているといえるでしょう。
6次産業化の進展と、
富山とネパールの国際交流に尽力。
「ここは富山における小松菜の発祥地。その大事な場所で小松菜を作り続けたい」
そう話すダルマさんは、「葉っぴーFarm」の代表取締役社長に就任して以来、栽培面積の拡大や従業員の増員、新たな加工場の建設などに取り組み、おいしくて安全・安心と評判の小松菜を栽培しています。
「自然水を濾過したきれいな水、油粕や蟹がらなどの有機たい肥を使用しているので、甘く美味しく育ちます。農薬は低濃度の安全性の高いものを2〜3ヶ月だけ使用。残留農薬ゼロを実現しています。栽培だけでなく、カットサラダや冷凍サラダ、ペーストなどに加工し、国内の病院や社会福祉施設に提供するほか、フランスやドイツなど国外へも輸出し、販路を拡大しています」
このような6次産業化にも尽力し、富山の農業を未来へつなぐダルマさん。これまでには曼荼羅教室や展示会などを通して、ネパールと富山の交流も育んできました。公益財団法人とやま国際センターが主催する出前講座では、いろいろな小・中・高校を回って曼荼羅やネパールの文化などを伝えてきました。
「2015年のネパール地震の際には、これまでの活動を通して知り合った方々が私のところへ見舞金を持参されました。その見舞金を義援金としてネパールに送るため、そして富山県民、富山に住むネパール人、ネパール国との交流の輪を広げるために、富山ネパール文化交流協会を設立しました。以来、8年間会長を務めています」
富山ネパール文化交流協会では、月に1回、ネパール人をゲストに招き、それぞれの文化などを話し合う「しゃべり場」を開催するなど、多彩なイベントや勉強会を通して相互理解を深めています。
富山のために、ネパールのために。ふたつの架け橋となるダルマさんの活動は、これからも多くの人々の笑顔を育んでいきます。